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神戸・北野坂に店を構える「北野坂 木下」は、2020年の開業以来、多くの食通が席を求めるイタリア料理店だ。予約は2年先まで埋まり(※2026年1月時点)、席を得ること自体が難しい。だが、この店を語るうえで欠かせないのは、予約の取りにくさではない。イタリアのリストランテで技術を磨き、現代料理の理論まで追いかけた料理人が、その先でたどり着いた「技術では素材をこえられない」という哲学である。

北野坂 木下 木下 憲幸 氏

きのしたのりゆき●1976年、大阪府出身。大阪のイタリア料理店で修業を始め、25歳で渡伊。トリノ、ベルガモ、アルバ、ヴィチェンツァのお店で各ポジションを経験する。帰国後は飲食店のマネジメントやシェフを経て、2020年5月に神戸・北野坂で「北野坂 木下」を開業。

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北野坂 木下とは

異人館の街へ続く北野坂で、2年先まで席が埋まるイタリアン

神戸の玄関口・三宮から、六甲の山並みへ向かって延びる北野坂。その先の北野は、1868年の神戸開港後、居留地に収まりきらなくなった外国人たちが住まいを構えた土地だ。明治から大正にかけて約200棟もの洋館、いわゆる異人館が建ち並び、外国人の貿易商らが暮らす閑静な邸宅街として発展した。

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明治から大正にかけて異人館が建ち並んだ北野。坂の上からは、神戸の街並みが広がる。(画像:©一般財団法人神戸観光局)

いまも異国の気配と落ち着いた品格が同居する、その坂の途中。ビルの2階に「北野坂 木下」はある。昼夜とも一斉スタートで供されるのは、コース料理のみ。予約は2年先まで埋まり(※2026年1月時点)、席を得ること自体が難しい一軒だ。

兵庫の北から南まで。市場に出回らない素材が、産地から直接届く

「北野坂 木下」の厨房には、兵庫県の北から南まで、木下氏が旅を重ねて出会った漁港や農家などから、直接食材が届く。市場にはほとんど出回らない素材も少なくない。

北の日本海側、浜坂漁港からは、冬の松葉ガニや白イカ、そしてモサエビ。浜坂の地エビは漁期が限られ、漁獲量も少ない。なかでもモサエビは、ねっとりとした強い甘みを持つ一方で鮮度が落ちやすく、遠くへ運ぶことが難しい。地元でもなかなか出会えない代物だ。

南は明石や淡路島から、鯛やハモ。淡路島の奥田トマト農園のトマトは、日射しに恵まれた島の砂地で、魚粉や牛骨、昆布などを使った土づくりから育てられる。販売は、おいしく実る春先の短い期間に限られる。

さらに、酒米として名高い姫路の山田錦、丹波のジビエ、季節の天然の山菜。こうした素材が持つ力を最大限に引き出すことが、この店の料理のテーマである。

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北は日本海の浜坂漁港(左)、南は明石海峡(右)から。兵庫の豊かな自然の恵みを存分に生かし、「北野坂 木下」の一皿は生まれる。
※明石海峡画像:©一般財団法人神戸観光局

0.1℃の火入れを追い求めた料理人が、たどり着いた「技術では素材をこえられない」

大阪で料理の道に入り、25歳でイタリアへ渡った木下氏。トリノ、ベルガモ、アルバ、ヴィチェンツァのリストランテで各ポジションを経験し、イタリア料理の土台を築いた。帰国後も探究は止まらない。0.1℃単位で計算した火入れや最新の調理機器を使いこなし、新しい食感や風味を生み出す現代料理の理論までを追いかけた。

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火の前に立つ木下氏。丹波篠山産の薪と備長炭の火で、素材と向き合う。

転機は、日本各地を旅し、生産者や食材と出会うなかで訪れた。北陸の鮨店で口にした、6時間蒸しただけの鮑。そのおいしさに衝撃を受けた木下氏は、こう考えたという。「こんなにおいしい素材に、本当に最後にトスカーナのオリーブオイルをかけなければいけないのか」。

技術を学び尽くしたからこそ、見えたものがある。それが、いま店の哲学として掲げる「技術では素材をこえられない」という言葉である。

イタリア料理のために素材を使うのではなく、素材のためにイタリアの技術を使う

以来、木下氏の問いはひとつになった。目の前の素材が最もおいしくなるのは、どうすることか。その答えがごま油なら、迷わずごま油を使う。出汁が合うなら出汁を使う。イタリア料理だからこの油、この調理法、という型には縛られない。

イタリアで学んだ技術を土台に、日本各地の漁師や農家が届ける食材を、日本人としての感性で仕立てる。複雑で技巧的な皿よりも、シンプルで力強い一皿を。目指すのは、その場の驚きで終わる料理ではなく、記憶に残る料理だ。

その姿勢がよく表れているのが、店のスペシャリテのひとつ、国産和牛のシャトーブリアンだ。ヒレの中心にあり、一頭からわずかしか取れない希少な部位。木下氏はそこに、さらに手間と時間を注ぐ。

火入れに使うのは、丹波篠山産の薪と、備長炭。火持ちのよい備長炭の遠赤外線が、肉の内側までおだやかに熱を届ける。そこへ薪の火が、香ばしい香りをまとわせる。焼いては休ませることを繰り返し、約1〜2時間をかけて仕上げる。表面は香ばしく、断面は美しいロゼ色に。しっとりとした弾力の奥から、上品な旨味が広がる。

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国産和牛のシャトーブリアン。表面は香ばしく、断面は美しいロゼ色に仕上がる。

味付けは、あえてシンプルに。肉や魚をさらにおいしくするために使うのは、注文から届くまで数年待つこともあるという、高知の塩職人・田野屋塩二郎にオーダーメイドした完全天日塩だ。火を使わず、海水から最低3か月をかけて結晶させる塩。料理の種類や部位、調理法までを聞き取り、それに合わせて仕立てられる。

素材をこえようとするのではなく、素材がいちばん輝く瞬間まで導く。それこそが木下氏の姿勢であり、このシャトーブリアンは、その姿勢を一皿で物語っている。

その原点には、母の手料理がある。共働きで忙しいなかでも、食卓には必ず温かい料理が用意されていた。豪華さや目新しさではなく、毎日食べても、時を経ても、また食べたくなる味。その記憶が、木下氏の料理観の土台になっている。

何年経っても、ふと「あれ、また食べたいな」と思い出してもらえる一皿を。木下氏が求めるおいしさは、あの食卓から続いている。

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兵庫県内で育まれた上質な食材を目当てに今日も多くのフーディーたちがお店を訪れる

かつて店で供された三皿を、家庭で味わうパスタソースに

今回、木下氏が選んだのは、かつて店で供していた3つのパスタ。その味わいを、ご自宅で仕上げるパスタソースとして組み立て直した。3品に共通するのは、何を足すかではなく、素材をどう際立たせるかという視点である。

「ホタルイカとグリルトマトのパスタソース レモン仕立て」は、木下氏が好む「レモンとアンチョビ」の組み合わせが着想の源。主役をホタルイカに託し、ワタに由来する濃厚な旨味を、レモンとトマトの酸味で整えた。

「牛すじ煮のカルボナーラパスタソース」は、フィレンツェの煮込み料理「ランプレドット」を、日本人になじみ深い牛すじで表現した一品。牛すじを炊いた汁に溶け出す旨味とコク、脂の甘みが、ソースの核になっている。

「うなぎとトマトのパスタソース 山椒オイル仕立て」は、イタリアに伝わる甘酸っぱい鰻料理「アグロドルチェ」から発想した。現地で使われるミントの代わりに山椒を合わせ、鰻の脂の旨味に清涼感を添えている。

左からホタルイカ、牛すじ煮、うなぎのパスタ。多くのグルメたちを唸らせたパスタをぜひご家庭で

※画像は盛りつけ例です

CHEF’S COMMENTS

シェフからのひとこと

店で大切にしてきたのは、素材がいちばんおいしくなる形を探すことです。

今回のパスタソースも、ホタルイカ、牛すじ、鰻、それぞれの持ち味がまっすぐ伝わるように仕立てました。

何年か経って、ふと「また食べたいな」と思い出していただける一皿になればうれしいです。

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